ProfessionalインタビューVol.6【東京農業大学 農学部動物科学科教授】増田宏司先生
hottoの記事を監修していただいている動物のプロフェッショナルに専門領域でのご経験や方針、また今後の展望などを伺うシリーズProfessional インタビュー。今回は、東京農業大学教授で、動物行動学の専門家として幅広く活躍されている増田宏司先生にお話を伺いました。
- 更新日:
動物行動学研究室 / 伴侶動物学研究室 教授(獣医師・獣医学博士)
【経歴】
◇2000年:山口大学農学部獣医学科卒業
◇2004年:東京大学大学院農学生命科学研究科にて犬の気質に関する行動遺伝学的研究で博士号 取得
◇2006年:同大学院での学術研究支援員を経て、
東京農業大学 農学部バイオセラピー学科・着任(講師)
◇2015年4月:准教授(2012~2014)を経て現職
動物行動学・伴侶動物学に関する講義・実習を担当
【資格】
◇獣医師
【所属】
◆公益社団法人 日本獣医学会
◆ヒトと動物の関係学会
【著書】
『犬の幸せ 私の幸せ~ワンコ先生が教える動物行動学~』(恒文社)
『このくらいは分かって!ワンコの言い分』(さくら舎)
『犬語ブック』(日本文芸社)
【ペット歴】
犬・猫・ウサギ・インコ・カメ
【飼っている動物】
ネコの「ハナ」とクサガメの「ラファエロ」
(どちらもメスで保護動物、怖がり)
【ペットへの想い】
動物たちとの暮らしは、感動と勉強の毎日。
【ペットに関するエピソード】
基本、前に飼い主がいた動物や、保護された動物を引き取ります。
すでに行動の癖がついている子達ばかりなので、
「どこまで覚えていて、それらの行動をどういった意味で使っているのか」が、それぞれに違っています。
その気持ちを受け入れると、彼らとの距離がぐっと縮まっていくのが分かります。
動物たちの柔軟性には毎回、勉強をさせていただいています。
目次
犬嫌いだった幼少時代。大学院で思わぬ転機が
―犬や猫など小動物の行動学を専門とされていますが、獣医学に興味をもったきっかけは何だったのですか?
増田先生(以下、増田):今は犬も猫も大好きですが、実は子どものころはどちらかというと、あまり得意ではなかったんです。
特に犬は、近所で飼われていた猟犬がいつも吠えているのを見ていたせいか、苦手意識をもっていました。
むしろ、好きだったのは牛などの大動物です。
酪農家の祖父の家の近所の酪農家で飼われていた牛が大好きで、牛のお医者さんになりたいと思ったのが獣医学を志したきっかけでした。
そこで高校卒業後は山口大学の獣医学部に進学、在学中は牛の研究に明け暮れ、卒論のテーマも牛の繁殖に関するものでした。
大学院でも牛の研究をすべく、繁殖の分野で日本有数の研究者として知られる教授がいた東京大学の大学院に進学したのですが、なんと、研究室に入ったその日に教授から「今度、犬の研究を始めることにした。君は全メンバーの中で卒業までの期間が一番長いから、手伝ってほしい」と言われ、急遽犬の研究をすることになったのです。
牛の研究をする気満々で進学してきただけに、一瞬、面食らってしまいましたが、与えられた環境に疑問や不満をいだかない性格なのが幸いして、「そうか、次は犬か・・・」といった感じで、犬の研究を始めることに(笑)。
もちろん牛の研究とは勝手が違いましたけれど、犬は犬でとても興味深く、気が付けば犬の行動学の研究にどっぷりハマってしまいました。
犬のオスはなぜ足上げ排尿するの?
―先生が専門とされている動物行動学とは、どのような研究なのですか?
増田:簡単にいうと、「動物の行動の理由を解明する」ことを目的とした研究です。
具体的にいうと、「至近要因(どのようなメカニズムで起きるのか)」「究極要因(何のために行うのか)」「発達(どのような過程を経て発達したのか)」「進化(進化の中でどう変化してきたのか)」という4つの観点から、動物の行動を見て、その理由を探っていきます。
皆さんもよくご存じのパブロフの犬(食事を知らせるベルの音を聞いただけで犬が唾液を出すようになる)や、鳥の刷り込み(カモやガンなどの雛(ひな)は、孵化(ふか)直後に見た「動くもの」を親だと思って追従する)なども、動物行動学の研究によって明らかにされたものです。
「行動学」というと難しい印象があるかもしれませんが、動物行動学の視点を取り入れることで、身近な愛犬の行動にも、実にいろいろな意味があることがわかってきます。
たとえば「犬のオスが足上げ排尿をするのはなぜか?」を考えながら、犬を観察してみましょう。
すると、「子犬のころは足上げ排尿をしない」とか「去勢したら足を上げなくなることがある」といったことがわかるので、足上げ排尿はマーキングのための行動であるという予測を立てることができます。
犬は、人が平和に暮らすための「お手本」
―動物行動学の研究を通じて、どんなことを達成したいと考えていますか?
増田:研究を始めたころは、「すべての犬と飼い主さんを幸せにすること」を目標にしていました。
たとえば、犬の問題行動の原因を解明して「こんなときは、こうすれば良いですよ」というような情報をたくさん発信したいと願っていたのです。
もちろん、今もその願いは持ち続けていますが、研究を続けるにつれ、犬たちから「皆で仲良く生きていくために必要なことを学びたい」という気持ちが強くなってきました。
というのも、犬は実に”平和主義の動物”なんですよ。
たとえば、犬同士でケンカになりそうなときも、大抵の場合は一方が威嚇して、一方が服従するという流れに落ち着くのでケンカに発展しないことの方が多いですし、何より、犬は人間をはじめ、言葉の通じない動物と仲良くなって信頼関係を築くことができる、非常に珍しい動物なんですよね。
戦争やトラブルを繰り返す人間は、「平和のお手本」である犬からもっと学ぶことがあるのではないかと思うのです。
では、「犬はなぜ平和に暮らそうとするのでしょうか?」「犬はどんな気持ちで人と仲良くしようとするんでしょうか?」
この問いの答えにぴったりな言葉はなかなかみつかりませんが、しいて言うならば、「犬は人や他の動物に対する一生懸命な気持ちのようなものをもっているから」だと思っています。
それが具体的に何なのかを解明するのが、今の私の目標です。
世界中で今注目を集めている国連のSDGsでは「パートナーシップで目標を達成しよう」という目標を掲げていますが、実はこれ、全部で17個ある目標の中で最も難しい目標ですよね。
これまでの歴史を振り返っても、人類の力だけで達成できたことはありませんが、もし、犬たちから平和に生きるノウハウを学び取ることができたら、この困難な目標も達成できるんじゃないかと期待しています。
あらゆる方向から人と動物の関係性を読み解く
―先生の研究室では、具体的にどのような研究に取り組んでいるのですか?
犬、猫、馬を対象に、それらの動物と人間との関係性を読み解く研究をしています。
たとえば、犬と猫は私たち人間にとって「癒し」を与えてくれる存在だと思われていますよね。
実際、犬については人間にリラックス効果をもたらすことが証明されています。
ところが、猫は違うんですよね。
猫を見ると私たちの人間の脳はリラックスというより、覚醒することが最近分かりつつあります。
その理由として考えられるのは「猫は人にとって未知の存在である」ということ。
犬の場合は人への信愛の情を隠そうともしませんし、人の呼びかけにある程度期待通りの反応をしてくれます。
一方、猫は人の呼びかけを無視したり、予想外の反応をすることも珍しくありません。
だからこそ、「人の脳は猫を前にすると、未知なる生き物を目にしたときと同様な覚醒反応をついついしてしまうのではないか?」と考えられるのです。
このほか、人間社会で受ける刺激に対する犬の反応についての研究にも取り組んでいます。
たとえば、グルーミングによるストレスを調べる研究では、「犬は3年以上の経験のあるベテラントリマーによる短時間のグルーミングにはあまりストレスを感じない」こと、「家庭でのグルーミングでは仕上げのドライヤーに多大なストレスを感じる傾向にある」ことなどがわかってきました。
このほかにも、いろいろな研究に取り組んでいますが、そのいずれにも共通しているのは「人と動物の関係をより良いものにしたい」という願いです。
産学連携を進め、動物と人がより快適に共生できる社会を目指す
―民間企業とのコラボレーションにも積極的に取り組んでおられますね。
増田:そうですね、もともと研究者として私個人が企業のプロジェクトに参画することが多かったのですが、最近は有志の学生とともに活動ユニット「ティエパス」を結成、動物関連の事業を展開している企業に学生たちの柔軟で斬新なアイデアをシェアし、商品開発や事業企画に協力しています。
企業の方々にも非常に喜んでいただいていますし、学生たちにとっても社会人基礎力や広い視野を身に付けるのに最適な場となっているようです。
何より、自分が関わった商品が店頭に並んだり、アイデアが形になっていく様子を間近に見られること、しかもそれらが動物と飼い主さんの幸せに繋がっていると実感できるのは、学生たちにとって”大きな自信に繋がる”と思います。
これからも積極的に産学連携を進め、動物と人が住みやすい社会の実現に貢献できる人材の育成に役立てていきたいと思っています。
しつけの方法に「正解」はない。できるようになれば、それが正解!
―飼い主さんからの犬のしつけの相談を受けられることも多いそうですね。どんなアドバイスをすることが多いですか?
増田:しつけは、飼い主さんと犬がよそ様に迷惑をかけないように、お互い快適に暮らしていくための「かけはし」のようなものです。
特別難しいことを教えなくても、最低限「おすわり」、「伏せ」、「待て」、「おいで」の4つができれば、大丈夫。
この4つさえできれば、他のことにも応用できます。
しつけを始めるタイミングは、子犬から飼う場合は成犬になる前が好ましいですが、何歳からでもしつけをすることはできます。
しつけをするにあたって飼い主さんに覚えておいてほしいのは、1つのことができるようになるまでに、”予想以上に時間がかかる可能性”があるということ。
ただ、数週間も続ければ、できるようになるケースがほとんどですから、すぐにできなくても、もう少しだけ続けてみてください。
そして、本に書いてある通りの方法でできなくても、気にしないでください。
どのやり方でも、ただ偶然できただけであっても、最終的にできるようになれば、それが正解!です。
あとは、とにかく”褒めてあげる”ことが大切です!
「できないこと」に注目して叱ってしまうと、飼い主さんも自己嫌悪に陥ってしまい、せっかくの愛犬との時間が楽しくなくなってしまいます。
ぜひ「できること」に注目して、とことん褒めてあげてください。
そして、しつけに悩んだときは一人で抱え込んでしまわず、”周囲の人を頼る”ことも大切です。
かかりつけの獣医師や近所の犬友などに「しつけがうまくいかないんだけど・・・」と相談すると、適切な情報やアドバイスを受けられる可能性が高いと思います。
しつけの目的は愛犬を意のままに動かすことではなく、”愛犬とのコミュニケーションを楽しみ、より豊かな時間を共有すること”だということを忘れずに、愛犬と向き合うようにすると良いですね。
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