【獣医師監修】犬の尿崩症(にょうほうしょう)原因や症状、なりやすい犬種、治療方法は?

犬の尿崩症(にょうほうしょう)とは、非常に薄い尿しか作れなくなった犬が多量の尿を排泄し、そのために大量の水を飲む病気です。めったに発症することはありませんが、多飲多尿の症状を示すほかの病気と誤解されることがしばしば。愛犬が本当に尿崩症なのか、別の病気なのか、見分け方や治療方法などを解説しましょう。

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先生にお聞きしました
宮川 優一 先生
日本獣医生命科学大学 臨床獣医学部門治療学分野Ⅰ(獣医師)

日本獣医畜産大学(現:日本獣医生命科学大学)獣医学部獣医学科卒業。

2010年に日本獣医生命科学大学大学院で犬および猫の慢性腎臓病の早期診断の研究で博士(獣医学)号を取得。

2011年から日本獣医生命科学大学に着任し、同時に付属動物医療センター腎臓科を担当。

【資格】
獣医師

犬および猫の腎臓病・泌尿器疾患、体液・酸塩基平衡を中心に診療、研究を行っている。

自宅で、自己主張が苦手なシェルティ(オス5歳)と、走り回るのが大好きなミックス猫(メス7歳)と暮らす。

【翻訳書】
「イヌとネコの腎臓病・泌尿器病-丁寧な診断・治療を目指して」Canine and Feline Nephroligy著 ファームプレス
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犬の尿崩症(にょうほうしょう)とは

犬の尿崩症とは

「尿崩症(にょうほうしょう)」という名前自体はよく聞きますが、じつは、ごくまれにしか発症しません。

おもに脳の下垂体にある尿量をコントロールするホルモンが、正常に分泌されなくなることから尿を濃くすることができなくなり、非常に多量の尿を排泄することになります。

そのために大量の水を飲み続けてしまう内分泌疾患です。

尿崩症は、かなり極端な「多飲多尿」状態になるので、その異常ぶりは誰でも気づきやすいと思います。

ここで、犬の飲水量や排尿量の基本的な知識をおさらいしておきましょう。

健康な犬の飲水量・排尿量の目安

kkkomgri/ Shutterstock.com

健康な犬の飲水量・排尿量の目安

1日に水を飲む量の目安

⇒体重1kgあたり60ml以下

1日の尿量の目安

⇒体重1kgあたり26~44ml程度

ところが尿崩症になると、1日に5~6リットルほど飲み、その間ずっとおしっこをしている状態です。

多飲多尿の定義

多飲

⇒体重1kgにつき1日100ml以上の水を飲む

多尿

⇒体重1kgにつき1日50ml以上の尿を排出する

原因

犬の尿崩症【原因】

犬の尿崩症【原因】

nikjvt/ Shutterstock.com

尿崩症は大きく「中枢性尿崩症」と「腎性尿崩症」に分けられます。

発症のほとんどは「中枢性尿崩症」で、生まれつきの「腎性尿崩症」は、犬で報告されたことがありません。

いずれも、まれに後天性の原因で発症することもあります。

中枢性尿崩症

脳下垂体後葉(のうかすいたいこうよう)から分泌される抗利尿(こうりにょう)ホルモン(「バソプレシン」とも言います)は、腎臓の尿細管に作用することで尿から水分を体内に回収し、尿を濃くする働きをしています。

この抗利尿ホルモンの分泌不足が原因で発症するのが、「中枢性尿崩症(ちゅうすいせいにょうほうしょう)」です。

抗利尿ホルモンの分泌不足になる原因としては、以下のものがあげられます。

いずれも、体内の水分量に応じた尿のコントロールができなくなります。

先天性
生まれつき抗利尿ホルモンが出ない、出にくい

脳の疾患
脳内の視床下部や脳下垂体に腫瘍や炎症がある

外傷
ケガや事故により脳が損傷する

犬の尿崩症【原因】

Lim Tiaw Leong/ Shutterstock.com

腎性尿崩症

腎性尿崩症(じんせいにょうほうしょう)は、脳からのバソプレシンの分泌は正常でも、腎臓の尿細管にある抗利尿ホルモン受容体(レセプター)がホルモンとくっつくことができず、抗利尿ホルモンの作用が認められなくなることで生じる病気です。

急性腎不全を起こすような毒性物質を摂取して尿細管障害を起こした場合など、後天的な腎疾患が原因で発症することもありますが、生まれつきの腎性尿崩症は、犬では報告されていません。

症状

犬の尿崩症【症状】

犬の尿崩症【症状】

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犬の尿崩症には、以下のような症状が見られます。

すぐに獣医師に診てもらいましょう。

際限なく水を飲み続ける
陰部がずっと濡れている
水を求めて徘徊する
窓の結露を舐める
自分の尿を舐める
水を飲まないと脱水症状になる
食欲がなくなるほど、水を飲む

.

発症しやすい犬種

犬の尿崩症【発症しやすい犬種】

犬の尿崩症【症状】

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犬の尿崩症は、まれとはいえ、すべての犬種に発症の可能性があります。

好発犬種や性別、年齢はありません。

先天性の中枢性尿崩症の場合は、生後まもなくから1歳くらいまでに発症します。

診断方法

犬の尿崩症【診断方法】 

犬の尿崩症【診断方法】 

Serhii Bobyk/ Shutterstock.com

さまざまな検査で多飲多尿の症状を示す病気をすべて除外していき、その工程で原因となる病気が見つからなければ、最終的に尿崩症かどうかを判断する検査を行う、という流れで鑑別診断を行います。

尿崩症以外の病気の可能性があるかどうかを鑑別するために、問診・触診から尿検査まで一通り行いますが、尿崩症かどうかを決定づけるのは「水制限試験」という検査です。

水制限試験

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水制限試験

上記の鑑別診断を行ってほかの病気が該当しない場合、尿崩症と確定するための試験を行います。

これは、犬に水を飲ませないであえて体重が5%まで減るまで脱水させることで、バソプレシン(下垂体から分泌されるホルモン)の反応を見る試験です。

5%体重が落ちた段階で、バソプレシンの合成物(デスモプレシン)を投与し、尿が濃くなるかどうかを調査します。

中枢性尿崩症である場合は、デスモプレシンの投与に反応して、すぐに尿が濃くなり、尿量が激減します。

反応がなく、尿が薄いままであった場合には、「腎性尿崩症」と診断します。尿崩症であればこの水制限試験により、数時間とかからず5%まで脱水します。

また、5%脱水した時点で尿量が減り、尿が濃くなれば、「原発性多飲症」と診断することが多いです。

しかし、原発性多飲症の場合の多くは、5%脱水するまでに24時間以上が必要になります。

そのため、尿崩症である可能性が高いというほどの症状を示さない場合(水を飲まなくても大丈夫な時間帯がある、水をあげても常に飲むわけではないといった場合)に、水制限試験を行うことは犬への負担が非常に大きく、むやみに行うべきではありません。

治療方法

犬の尿崩症【治療方法】 

犬の尿崩症【治療方法】 

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中枢性尿崩症の場合

ホルモン補充療法

抗利尿ホルモン製剤「デスモプレシン」を目薬として点眼する、あるいは注射薬として投与します。

投与のしやすさから点眼薬を使用するケースが多く、中枢性尿崩症であれば、この薬を投与している限り、多飲多尿の症状は完全に抑えることができます。

必要な量は、患者の状況によっても変わってくるので、調整が必要になります。

この点眼は一生続けることになるのですが、めったに使用することのないホルモン剤のため、非常に高額です。

コストが問題になる場合には、必要最低限の量で許容できる多飲・多尿の状況を維持するよう、獣医師とよく相談してください。

腎性尿崩症の場合

talitha_it/ Shutterstock.com

腎性尿崩症の場合

現在、有効な治療法は見つかっていません。

後天性の場合には、数カ月後に自然と治る場合もありますが、治らず持続する場合もあります。

低塩分の食事や一部の利尿薬を使用することで尿量を減らすことができる可能性もありますが、その効果は劇的ではなく、微々たるものであることも多いです。

そのため十分に水分を摂取させ、排尿が常にできるような状況にする必要があります。

しかしながら、常に水を飲み排尿するために、食事が十分に摂取できなかったり、睡眠時間を取れなかったりすることもあります。

こうしたことが飼い主の生活に支障をきたすことがあるため、犬自身の生活の質はもちろん、飼い主の生活の質を悪化させ、それを改善させる手段がない場合には、安楽死を考慮することもあります。

予防・対策

犬の尿崩症【予防対策】 

犬の尿崩症【予防対策】 

DuxX/ Shutterstock.com

尿崩症を予防する方法はありません。

日頃から、犬の水を飲む量や尿の頻度や量をチェックしておくことは、尿崩症に限らず病気の早期発見につながります。

極端な多飲多尿の症状が見られたら、ただちに獣医師に診てもらいましょう。

犬の尿崩症と間違えやすい病気 

犬の尿崩症と間違えやすい病気 

victoriyasmail/ Shutterstock.com

多飲多尿を起こす病気が「尿崩症」と誤解されることが多いです。

とくに原発性多飲症や慢性腎臓病、典型的でない副腎皮質機能亢進症など、検査で簡単にわからない病気の場合、尿崩症かも?と疑われる場合があります。

しかしながら、発症頻度から考えると尿崩症の可能性はかなり低いので、しっかりとした検査で以下の病気の診断をしてもらう必要があります。

腎臓病が隠れていた場合に、むやみに水制限試験(そこまでの検査に至らなくても、半日くらい飲水を制限して、尿が濃くなることを簡易的に調べることもあります)を行うと、脱水して腎臓病が大きく悪化する恐れがあるためです。

犬の尿崩症と間違えやすい病気 

everydoghasastory/ Shutterstock.com

犬の原発性多飲症

犬の原発性多飲症とは、尿を濃くする腎臓の能力は正常ですが、たくさん水を飲んでしまうので、多尿になるという状態です。

若く活発な犬や1日を室内で、独りで過ごす犬で起こりやすいと言われています。

脳にある口渇中枢の異常と関連することもありますが、発生は非常にまれです。環境の改善などによって多飲が落ち着くことがあります。

犬の糖尿病

犬の糖尿病とは、「インスリン」というホルモンがきちんと働かなくなったり、膵臓からの分泌量が減ることで、糖をエネルギーとしてうまく利用できなくなる病気です。

多飲多尿、体重減少のほか、重度になると脂肪の分解が増えるためにケトン体が増え、血液が酸性化し、食欲低下、元気消失、下痢や嘔吐を示します。

犬の副腎皮質機能亢進症

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犬の副腎皮質機能亢進症

犬の副腎皮質機能亢進症とは、コルチゾールというステロイド・ホルモンが副腎から過剰に分泌される病気です。

このホルモンはさまざまな作用を示しますが、腎臓の尿を濃くする力を低下させることで、多尿になります。

下垂体や副腎の腫瘍が原因です。

皮膚が乾燥するほか、腹部の左右対称の脱毛や肥満になったようにお腹が張ることがあります。

犬の副腎皮質機能低下症(アジソン病)

犬の副腎皮質機能低下症(アジソン病)とは、副腎の出血や腫瘍で、副腎からのホルモン分泌量が不足する病気です。

副腎皮質ホルモンを持続的に投与されていた場合に急にそれをやめてしまうことや副腎皮質機能亢進症の治療薬によって発症することもあります。

元気がなくなり、ふらつきや下痢、嘔吐、震えが見られます。

犬の尿崩症と間違えやすい病気 

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犬の慢性腎臓病

犬の慢性腎臓病とは、さまざまな原因で、腎機能が徐々に低下していく病気です。

尿を濃くすることができなくなり、多尿になることや、たんぱく尿が認められることもあります。

進行すると尿毒症症状を生じ、食欲不振や体重減少、嘔吐を示し、貧血も認められるようになります。

犬の甲状腺機能低下症

犬の甲状腺機能低下症とは、代謝などをコントロールする甲状腺ホルモンが分泌されなくなる病気です。

甲状腺の腫瘍が原因であることもあります。

おもな症状として、多飲多尿、肥満、活動性の低下、体温の低下、被毛のつやがなくなる、尾っぽの毛が少なくなる、食事量の減少といった症状をきたします。

犬の尿崩症と間違えやすい病気 

veryulissa/ Shutterstock.com

犬の子宮蓄膿症

犬の子宮蓄膿症とは、子宮が細菌に感染し、膿がたまる病気です。

発情後の黄体期では免疫が低下するために、感染し、発症します。多飲多尿、腹部膨満、外陰部の腫れ、そして陰部からの膿の排出も見られることがあります。

長期間放置すると、子宮内の細菌が分泌する毒素や細菌そのものが体内に入ることにより、多臓器に影響し、命を落とす危険もあります。

犬の上皮小体機能亢進症

犬の上皮小体機能亢進症とは、甲状腺のそばにある上皮小体(副甲状腺)から分泌される「パラソルモン」というホルモンが過剰に分泌することで生じる病気です。

血液中のカルシウム濃度が高くなり、嘔吐や多飲多尿食欲不振が起こります。

また、骨粗しょう症のために、骨折しやすくなります。

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