【獣医師監修】「犬の慢性腎不全(慢性腎臓病)」 原因や症状、なりやすい犬種、治療方法は?
犬の「慢性腎不全(まんせいじんふぜん)」とは、老廃物や毒素を排出する腎臓の機能が徐々に低下していき、体内に蓄積した毒素によってさまざまな症状を示す状態です。腎臓の機能が低下しても、重度に低下するまではほとんど症状を示さず、症状を示した時には腎不全のために有効な治療を行うことができないことも多々あります。
更新日:
日本獣医畜産大学(現:日本獣医生命科学大学)獣医学部獣医学科卒業。
2010年に日本獣医生命科学大学大学院で犬および猫の慢性腎臓病の早期診断の研究で博士(獣医学)号を取得。
2011年から日本獣医生命科学大学に着任し、同時に付属動物医療センター腎臓科を担当。
【資格】
◇獣医師
犬および猫の腎臓病・泌尿器疾患、体液・酸塩基平衡を中心に診療、研究を行っている。
自宅で、自己主張が苦手なシェルティ(オス5歳)と、走り回るのが大好きなミックス猫(メス7歳)と暮らす。
【翻訳書】
「イヌとネコの腎臓病・泌尿器病-丁寧な診断・治療を目指して」Canine and Feline Nephroligy著 ファームプレス
目次
犬の腎臓【構造と働き】
犬の腎臓の働き
犬の泌尿器の構造
腎臓は、カラダの左右に1つずつある豆粒のような形状の臓器で、血液を濾過し、体内に不要な老廃物や毒素を尿として排出します。
濾過したもののうち、体内に必要なものは再吸収し、尿の中には捨てないようにする働きも。
また、尿に含まれる水分の量を増減することで、体内の水分量を調節しています。
さらに、体液のイオンバランスや血圧、血液の酸性度を一定に保ち、血液を増やすホルモンを生成する役割もあります。
犬の腎臓の働き
犬の尿作成装置「ネフロン」の働き
犬の腎臓「ネフロン」の働き
腎臓は、「糸球体(しきゅうたい)」という血管の塊と「尿細管」という細い管からなる「ネフロン」という構造単位が、何十万個も集まってできています。
糸球体が、コーヒーフィルターのように血液を濾(こ)して、尿の原料(原尿)を尿細管の中に通します。
尿細管では、カラダに必要な栄養素やミネラルを血管の中に回収します。
残った成分は、体内に不要なものとそれを捨てるために必要な最小限の水分と一緒に捨てられます。
尿は、尿管を通って膀胱に溜まり、ある程度溜まったら、排尿行動により体外に捨てられます。
犬の慢性腎不全(慢性腎臓病)とは?
犬の腎不全とは?
iStock.com/chendongshan
腎臓はある一定以上壊れてしまうと、構造も機能も元には戻りません。
「腎不全」とは病名ではなく、腎機能が著しく低下して、体内に老廃物が蓄積し、それらによってさまざまな症状(「尿毒症症状」と言います)を示す状態のことをさします。
「慢性腎臓病」という用語は、さまざまな原因で生じる慢性的な腎疾患の総称で、腎臓の機能が低下すること、タンパク尿や構造的な問題があることによって、「慢性腎臓病」と診断されます。
長い期間かけて腎機能が徐々に低下していく「犬の慢性腎不全(慢性腎臓病)」
schankz / PIXTA(ピクスタ)
ここからは慢性腎臓病として解説します。慢性腎臓病は、腎臓を構成する基本的な機能単位「ネフロン」が壊れて数が減少していくことで、腎臓の機能が次第に低下する病気です。
原因の特定は難しいことが多く、感染症や加齢などによって、数カ月~数年をかけて進行していきます。
慢性腎臓病では、壊れたネフロンの代わりに残った健康なネフロンがそれを補うことになります(「代償」と言います)。
そのため、健康なネフロンへの負担が重くなり、健康だったネフロンも壊れていくといった、悪循環に陥ってしまうのです。
そのようなネフロンの代償機能のために、腎機能が低下しても体内には老廃物が急激に多量に蓄積することはなく、症状が出ることなく静かに進行していきます。
そして、血液検査で病気が判明する頃には腎機能は1/3まで低下していて、腎不全の症状(食べない、吐くなど)に気づく頃には、腎機能が10%以下しか残っていない状態です。
尿毒症症状を示す腎不全になる前段階では、犬は多飲多尿の症状を示すことが多いです。
これは腎機能の低下に伴って、腎臓が尿を濃くする力が低下するためです。
多尿状態(あるいは尿検査で尿比重が低い)に気づくことは、慢性腎臓病をより早く見つける一つの方法です。
犬の慢性腎不全(慢性腎臓病)【原因】
犬の慢性腎不全(慢性腎臓病)の原因と症状
犬の慢性腎臓病の原因として多いと考えられているのは、生まれつきの腎疾患や、免疫や感染などにより糸球体の血管が炎症を起こすことで発症する「糸球体疾患」があります。
生まれつきの腎臓病の多くは、若齢の頃から多飲多尿を示すことが多く、糸球体疾患では、発症した当初からタンパク尿を示すため、腎機能が低下する前から診断することが可能です。
糸球体疾患は、中年齢から高年齢(4〜5歳以上)で発症するため、健康診断では必ず尿検査を行うようにしましょう。
このように、年月をかけゆるやかに腎臓が悪化して腎不全に至るのが「慢性腎不全」です。
一方、腎不全が突発的に発症して急激に悪化するのが「急性腎不全」です。
分類 | 急性腎不全 | 慢性腎不全 |
---|---|---|
発症の特徴 | 腎機能が急激に低下(1日〜数週間) | 腎機能が徐々に低下(数ヶ月〜数年) |
原因 | 脱水やショック状態、薬剤などが原因 | 慢性腎炎、腎盂腎炎など |
腎機能回復の可能性 | 回復の可能性あり | 回復は見込めない |
「急性腎不全(急性腎臓病・急性腎臓障害)」についてはこちら
【獣医師監修】犬の急性腎不全(急性腎臓病・急性腎臓障害)原因や症状、なりやすい犬種、治療方法は?
犬の慢性腎不全(慢性腎臓病)【症状】
Maximilian100/ Shutterstock.com
慢性腎臓病の病気の段階は、下図のとおり、クレアチニン値を指標とした4つのステージに分けられます。
慢性腎臓病の病気の段階
尿毒症症状は、ステージ3以降から出現します(尿毒症症状を示した段階で「腎不全」と呼びます)。
尿毒症症状は以下のとおりです。
このような症状を見かけたら、すぐに獣医師に診てもらいましょう。
多飲多尿
食欲や元気がない
嘔吐や下痢をしている
アンモニアのような口臭がする
貧血のために歯茎が白い
骨折
痙攣発作
沈うつ(ふさぎこんでいる)
.
犬の慢性腎不全(慢性腎臓病)【発症しやすい犬種】
Sheryl Lynch/ Shutterstock.com
犬の慢性腎不全は、すべての犬種に発症の可能性があります。
腎不全になるまでには時間がかかるため、尿毒症症状を示す犬の多くは、8~10歳以上の中・高齢犬です。
犬の慢性腎不全(慢性腎臓病)【診断方法】
Wayne_PHOTO / PIXTA(ピクスタ)
以下のような検査により、腎臓の構造的な異常やタンパク尿、腎機能の低下を評価し、その結果をふまえて治療方法を検討します。
問診・身体検査
先述した症状の有無、症状が始まった時期、投薬歴、毒性物質と接触した可能性、合併症などを確認します。
また、口臭(アンモニア臭)の有無、触診で腎臓の大きさや形、膀胱内の尿の溜まり具合などを調べます。
血液検査
腎臓の機能を反映する指標である尿素窒素[BUN]やクレアチニン[Cre]の値が上昇していることを確認します。
ただし、血液検査で異常値が出るのは、腎臓の機能が1/3~1/4程度低下している場合のみです。
比較的新しい腎機能診断の指標(シスタチンC・SDMA)でも同様の結果が出ます。
iStock.com/Smilja Jovanovic
尿検査
尿の濃度やタンパク尿の有無を判定します。
尿が濃縮されず薄くなっていると腎臓の機能低下を示し、タンパク尿は腎臓の組織が障害を受けていることを示しています。
腎臓が原因でタンパク尿が出ていれば、腎臓病と診断されます。
X線検査・超音波検査
腎臓の大きさや形が正常か、尿路結石の有無などを調べます。
慢性腎臓病では腎臓は小さくなることが多いです。
超音波検査では、腎臓の形や中の構造の異常も評価できます。
犬の慢性腎不全(慢性腎臓病)【治療方法】
「犬の慢性腎不全」治療方法
慢性腎臓病のステージを決めるクレアチニン値ほか先述した検査の結果をもとに治療方針をたてます。
早期のステージでは、慢性腎臓病の進行を遅くするため、そして腎不全が生じた段階では症状を軽くし、生活の質を少しでも上げることをおもな目的にして治療していきます。
新鮮な水をいつでも飲めるようにしておく
薄い尿・多尿が見られる場合には、尿を濃くすることができないので、脱水しやすくなります。
水を入れた容器を数か所に置くなど、いつでも犬が飲めるようにしておきましょう。
積極的に水を飲んでくれない場合には、ウェットフードの使用やドライフードをふやかして与え、水分補給を心がけてください。
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食事療法
慢性腎臓病では、とくにタンパク質と「リン」というミネラルの制限が重要になります。
獣医師の指示に従って、その栄養素が適切に制限されたフードを与えましょう。
血液中のリンの濃度を抑えることが重要なのですが、進行したステージでは食事だけでリンの濃度を抑えることが難しくなるため、リンを吸着するサプリメントの服用も有効です。
薬物療法
ステージ1・2
早期のステージで高血圧がある場合やタンパク尿がある場合には、それらをコントロールする薬が必要です。
ステージ3・4
症状にあわせて以下のような薬物療法が行われます。
食欲がない⇒食欲増進剤の投与
嘔吐する⇒制吐剤の投与
貧血(合併症)⇒造血ホルモン・鉄剤の投与
また、尿毒素を軽減するために、老廃物軽減のための炭素系吸着剤を投与したりします。
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輸液療法
慢性腎臓病では、食欲がないことや嘔吐などのために、脱水症状が多く見られます。
皮下補液は、皮膚の下の空間に輸液剤を投与する方法で、比較的短時間で完了するので患者への負担は少ないのですが、塩分の多い液体を入れる必要があるため、細胞の中の脱水は改善しません。
つまり、皮下補液は、脱水して腎臓への血液量が減少して尿毒症が悪化してしまうことを「予防」する意味はあるものの、脱水を改善させるわけではないのです。
脱水を改善するためには、口から水を摂る(食事からでも可)か、入院して、静脈内から塩分が比較的少ない液体を入れる必要があります。
皮下補液をしても食欲が十分にない場合や嘔吐している場合には、静脈輸液を受けることをおすすめします。
犬の慢性腎不全(慢性腎臓病)【予防対策】
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本当の意味で、慢性腎臓病の予防法はありません。より早期に発見し、対応していくことがもっとも重要です。
異常がなくても、定期的に血液検査や尿検査を受けることが早期発見につながります。
中年齢以降は、毎年定期的な検査を行いましょう。
とくに犬では、タンパク尿を示すタイプの慢性腎臓病が多いため、尿検査でタンパク尿を発見することがもっとも早く腎臓を見つける方法になります。
また、血液検査で異常を示す前に、尿が薄く多尿になることも多いので、尿量や飲水量、尿検査で尿の濃さをこまめにチェックしましょう。
犬の慢性腎不全(慢性腎臓病)と間違えやすい病気
急性腎不全(急性腎臓病)
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数時間から数日で腎臓の機能が急激に悪化し、機能不全に陥る病気です。
急性腎炎などの腎臓病や尿管結石等が原因です。
嘔吐や下痢のほか、進行すると尿毒症や痙攣を引き起こし、昏睡状態になる恐れもあります。
慢性腎不全と同じく、腎臓の機能不全ですが、急激に悪化し発症したもので、慢性腎不全とは治療法が異なります。
慢性腎不全なのか、急性腎不全なのか治療前に判断する必要があります。
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