【獣医師監修】「犬の消化器型リンパ腫」原因や症状、なりやすい犬種、治療方法は?
犬の「消化器型リンパ腫(しょうかきがたりんぱしゅ)」とは、免疫反応の司令塔の役割を担うリンパ球が腫瘍化する「リンパ腫」の一種で、胃や小腸、大腸などの消化管や腸間膜(ちょうかんまく)リンパ節で発症する病気です。ここでは、犬の消化器型リンパ腫の原因や症状、治療法について解説します。
更新日:
獣医臨床腫瘍学研究室 准教授(獣医師・獣医学博士)
日本獣医がん学会 理事(獣医腫瘍科認定医 認定 委員長兼任)
【経歴】
◇2000年:日本獣医生命科学大学 獣医学科 卒業(獣医師免許 取得)
◇2004年:同大学大学院にて犬の悪性腫瘍に関する研究で博士号 取得
◇2007年:大学付属動物病院での研修を経て、同大学獣医学部 獣医保健看護学科 獣医保健看護学臨床部門・准教授
◇2019年4月:現職。動物の腫瘍や臨床検査に関する講義・実習を担当。大学付属動物病院では腫瘍に苦しむ動物の診断・治療にあたる
【資格】
◇獣医師
【所属】
◆日本獣医がん学会 理事(獣医腫瘍科認定医 認定 委員長兼任)
◆日本獣医臨床病理学会 理事
◆動物臨床医学会 評議員・学術委員
【著書】
「写真でわかる基礎の動物看護技術ガイド」誠文堂新光社
「人とどうぶつの血液型」(担当:分担執筆, 範囲:犬と猫の輸血・献血)緑書房
など
目次
犬の消化器型リンパ腫【原因】
Olga Kuzyk/ Shutterstock.com
消化器型リンパ腫のメカニズム
犬の消化器型リンパ腫を引き起こす原因について、消化管の炎症がもとになって発症するという説もありますが、まだ明らかになっているわけではありません。
加齢などの複数の原因が重なって発病すると考えられています。
リンパ腫は、あらゆる組織に発生する可能性がありますが、胃や小腸、大腸などの消化管や腸間膜(ちょうかんまく)リンパ節で発症するものを、「消化器型リンパ腫」と呼びます。
これは、リンパ腫の発症部位による「解剖学的分類」に基づいた呼称です。
リンパ腫は、この「解剖学的分類」に加えて、「細胞学的分類」「細胞の分化度」などを基準に分類されます。
Issarawat Tattong/ Shutterstock.com
細胞学的分類
おもに「B細胞型」と「T細胞型」があり、抗がん剤の効きめや進行速度が違うので、予後(治療後の経過)も異なります。
T細胞型はB細胞型と比べて、抗がん剤への反応性が悪く再発までの期間も短いとされています。
これは、T細胞には細胞内に存在する抗がん剤を汲み出すポンプが多く存在するためです。
消化器に分布するリンパ球はT細胞が多いため、消化器型リンパ腫ではこのT細胞型の発症率が高く、予後(治療の経過)が悪いことが知られています。
犬のリンパ液の構成
細胞の分化度による分類
「高分化型」と「低分化型」があり、がんの進行度合いが異なります。
高分化型は成熟したリンパ球が腫瘍化したものでありほとんど細胞分裂をしないため、がんの進行はゆっくりです。
一方、低分化型は若いリンパ球が腫瘍化したもので細胞分裂がよく起きるので、進行が早いがんです。
獣医師はこうした分類をもとに、飼い主に対してがんのタイプや治療方針についてコミュニケーションを図ります。
例えば、「消化器型(T細胞型)低分化型」のリンパ腫であれば、「発症部位は消化器で、抗がん剤への反応性が悪く、進行も早いので、まずは手術で原発巣を摘出してから抗がん剤治療をしましょう」といった説明がなされます。
犬の消化器型リンパ腫【症状】
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犬の消化器型リンパ腫では、以下の症状が見られます。すぐに獣医師に診てもらいましょう。
嘔吐や下痢
食欲減退
体重減少 など
これらの症状は、一般的な消化器疾患の症状と変わらないので、診察や検査をしてはじめて、リンパ腫であることがわかることも多いようです。
これらの症状が見られる場合には、早めに獣医師の診察を受けるようにしてください。
犬の消化器型リンパ腫【発症しやすい犬種】
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犬の消化器型リンパ腫は、すべての犬種に発症の可能性があります。
統計的には、とくに以下の犬種の発症リスクが高いと言われています。
ゴールデンレトリーバー
シェルティ
シーズー
ボクサー
ダックスフンドなど
※上記の統計は外国のデータによるものなので、日本で多い小型犬に発症しにくいということではありません。
また年齢的には、中・高齢犬での発症が多く見られますが、ダックスフンドでは、若くして発症するケースもあります。
犬の消化器型リンパ腫【診断方法】
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画像検査
下痢や嘔吐、食欲減退、体重減少などの症状が見られ、原因が特定できない場合には、画像検査によって、消化管や腸間膜(ちょうかんまく)リンパ節にがん組織があるかどうかを調べます。
超音波検査
腹腔内の臓器やリンパ節の状態を検査します。
臓器や腫瘤(しゅりゅう)の内部構造、血管構造などがわかります。
異常な臓器が認められる場合には、超音波で断層を見ながら針を刺して内部の細胞を採取して検査します。
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内視鏡検査
超音波検査でもわからない場合に、内視鏡検査によって消化管粘膜の状態をカメラを通じて肉眼的に確認した上で、生検鉗子で消化管粘膜を少量採取して病理検査を行います。
消化器型リンパ腫の診断のための検査
嘔吐や下痢、食欲減退、体重減少などの症状は、消化器疾患でもよく見られます。
これらの病気と区別するためには、消化管や腸間膜(ちょうかんまく)リンパ節の組織を摘出し、リンパ腫であることを特定する必要があります。
細胞診検査
消化管や腸間膜リンパ節の組織に細い注射針を刺して、針の中に入ってくるわずかな細胞を顕微鏡で観察します。
痛みもほとんどなく、麻酔なしでも実施できます。
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病理組織検査
細胞診検査で消化器型リンパ腫の診断がつかない症例では、組織を一部切り取り、病理組織検査を行います。
クローン性解析
病理組織検査でも確定が困難な場合には、クローン性解析を行うことがあります。
クローン性解析では、遺伝子検査によって、リンパ系腫瘍であるのか否かを判定。
さらにそれがB細胞型であるかT細胞型であるのかを判定できるため、リンパ腫の予後についての見通しを立てて治療にあたることができます。
犬の消化器型リンパ腫【治療方法】
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外科手術
犬のリンパ腫の治療において、全身治療である抗がん剤治療を選択するのは、リンパ球が体の中を自由に動き回っているため、発見された腫瘍を摘出しても、すぐに別の場所で発症するためです。
一般に、リンパ腫は抗がん剤に対する反応性が高いと言われていますが、消化器型リンパ腫では、T細胞型が多いため、抗がん剤に対する反応も限定的であることがわかっています。
消化器型リンパ腫では腫瘍の形成部位が少ない場合、それが摘出可能な場所にあれば、まず外科的手術でがん細胞を除去した後に、抗がん剤治療を開始します。
消化器型リンパ腫の場合、消化管の壁が、がん細胞に置き換わってしまうことがあるため、抗がん剤でがん細胞が消えると同時に消化管に穴が開いてしまうことがあるためです。
リンパ腫の抗がん剤治療では、腫瘍化したリンパ球の成熟度合い(細胞の分化度)によって、抗がん剤の使い方が異なります。
「低分化型」のリンパ球では、細胞分裂がよく起きるために、がんの進行は早いのですが、細胞分裂を止める抗がん剤がよく効きます。
一方、成熟した「高分化型」では、がんの進行(細胞分裂)がゆっくりですが、細胞分裂を止める抗がん剤の効きは悪いので、他の抗がん剤を検討する必要があります。
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抗がん剤治療
また、がん細胞は、抗がん剤に対する耐性(細胞などが薬物に対して抵抗する性質)を得やすいため、数種類の抗がん剤を交互に組み合わせて使用することで、耐性細胞を生き残りにくくする必要があります。
寛解(かんかい)と再燃
がん細胞は10億個程度存在しないと臨床的に検出することができません。
これを「臨床的検出限界」と言います。つまり、治療によってがん細胞の数が10億個を下回ると、臨床的には「がんが消滅した(病気の勢いを完全に抑えられた)」状態になり、これを「寛解(かんかい)」と言います。
しかし、この状態はがん細胞が検出できないだけで、「再燃(がん細胞が再び増殖・発症した状態)」する可能性を残しています。
リンパ腫では、「寛解」⇒「再燃」⇒「再寛解」⇒「再再燃」というサイクルが多く見られるため、継続的に治療を続ける必要があります。
寛解と再燃
消化器型リンパ腫は、治療初期の死亡率が高く、全体の生存期間も短い傾向にあります。
抗がん剤が効いたとしても「寛解(かんかい)」の期間が短く、すぐに「再燃」に至ります。
「再燃」した時には、抗がん剤が効かない細胞が増えてくるので、治療の効果が得難い状態となります。
「再再燃」の時点では、使用できる抗がん剤の選択肢がなく、治療が行えない場合もあります。
犬の消化器型リンパ腫【予防対策】
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現在の獣医学では犬の消化器型リンパ腫の発症を予防することはできません。
飼い主として心がけたいことは、下痢や嘔吐、食欲減退、体重減少などの症状を甘く見ないことが大切です。
こうした症状が長く続くようなら、すぐに病院に連れて行きましょう。
犬の消化器型リンパ腫【間違えやすい病気】
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犬の慢性腸炎
犬の「慢性腸炎(まんせいちょうえん)」とは、慢性的に腸の炎症が続く病気です。
多くは、急性腸炎が慢性化して発症します。
周期的な下痢や嘔吐、体重減少、強い口臭、多飲多尿などが現れます。不安やストレスが原因になることもあり、治りにくい病気です。
犬の慢性膵炎
犬の「慢性膵炎(まんせいすいえん)」とは、慢性的に膵臓に炎症が起きる病気です。
急性膵炎になった後、感染症や膵管の狭窄により、慢性膵炎に移行します。
食欲旺盛にもかかわらず、体重が減少し、粘土色をした強い臭いの下痢をするようになります。
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