【獣医師監修】犬の「含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)」原因や症状は?治療法、手術費用、予防対策は?

犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)とは、歯の発育過程で発生する口腔疾患です。顎(あご)の中に埋もれていた歯の歯冠を囲むように嚢胞(分泌物が袋状に溜まること)ができてしまうことがあり、これを含歯性嚢胞と言います。今回は犬の含歯性嚢胞の原因や症状、予防対策などについて詳しく解説します。

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先生にお聞きしました
藤田 桂一 先生
フジタ動物病院 院長(獣医師)

日本獣医畜産大学(現:日本獣医生命科学大学)大学院 獣医学研究科 修士課程 修了。

1988年に埼玉県上尾市でフジタ動物病院を開院する。

同病院の院長として、獣医師15名、AHT・トリマー・受付31名、総勢46名のスタッフとともに活躍している。

【資格】
獣医師

【所属】
日本小動物歯科研究会 会長
公益社団法人 日本獣医学会 評議員
◆財団法人 動物臨床医学会 理事
公益財団法人 動物臨床医学研究所 評議員
日本獣医療倫理研究会(JAMLAS) 理事
NPO法人 高齢者のペット飼育支援獣医師ネットワーク 理事
日本獣医臨床病理学会 評議員
◆社団法人 日本動物病院福祉協会
世界動物病院協会
日本動物病院会
◆小動物臨床研究会さくら会
◆PCM 研究会

その他の会に所属し、研究活動を精力的に行っている。

岩手大学 農学部獣医学科 非常勤講師(2008~2012年)
帝京科学大学 生命環境学部 アニマルサイエンス学科 非常勤講師(2012年~)
日本大学 生物資源科学部 獣医学科 高度臨床獣医学 非常勤講師(2013年~)

【編著】
「基礎から学ぶ小動物の歯科診療 Vol.1」interzoo
「基礎から学ぶ小動物の歯科診療 Vol.2」interzoo
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犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)【原因は?】

犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)【原因は?】

iStock.com/PIUPIU PICS

犬の「含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)」とは、生えてくるはずの歯が顎(あご)の中に埋もれたまま(埋伏歯/まいふくし)である場合に発症し、その埋伏歯の歯冠(しかん/一般的な歯で言う歯肉から上の外に見えている部分)を囲むように嚢胞(分泌物が袋状に溜まること)ができた状態を言います。

埋伏歯を巻き込んでいない嚢胞(のうほう)は無歯性嚢胞と言われます。

犬の歯の構造

【犬の歯の構造】
歯肉から上の外に見えている部分を歯冠(しかん)と言い、顎の骨の中にある部分は歯根と言う。

歯は「歯胚(しはい)」と呼ばれる“歯の基”から徐々に発育を始めますが、その成長の段階で、歯冠が形成されるまで歯冠を囲むように存在するエナメル器の退縮エナメル上皮(歯胚を包む袋状の上皮)に嚢胞(のうほう)化が生じたものと考えられています。

徐々に嚢胞(のうほう)を取り囲む膜(嚢胞壁/のうほうへき)が形成されると、周囲の組織を溶かして中が空洞となり、その中は歯を形成する組織に由来する物質や血液などから生じる滲出液(しんしゅつえき)で満たされていきます。

滲出液は出血がない場合、透明で黄色~黄褐色がかったやや粘性のある液体です。

歯が成長する過程

【歯が成長する過程】
歯は母犬のお腹の中にいる時からすでに発育が始まっている。

【犬の歯の成長過程】

               【歯の成長過程】
【1】蕾状期(らいじょうき)・口腔粘膜上皮(青い部分)の一部が増殖して伸びてくる
【2】帽状期(ぼうじょうき)・増殖した部分が帽子のような形となるが、これはエナメル器と呼ばれる。エナメル器に包まれるように歯乳頭(後に象牙質と歯髄を作る)が、そしてそれらを支える器のように歯小嚢(セメント質や歯槽骨、歯槽膜の基になる)が形成される。エナメル器・歯乳頭・歯小嚢の3つは歯胚(歯の基になるもの)と呼ばれる
【3】鐘状期(しょうじょうき)・エナメル器の内部にはエナメル髄(ずい)が発生し、この段階をもってエナメル器の上部は外エナメル上皮、下部は内エナメル上皮と呼ばれるようになる
【4】石灰化期(せっかいかき)・歯乳頭(しにゅうとう)は象牙質と歯髄に分化し、歯小嚢(ししょうのう)はセメント質・歯槽骨・歯槽膜に、内エナメル上皮はエナメル質に変化する
【5】歯の萌出(ほうしゅつ)・歯根象牙質、セメント質、歯根膜、固有歯槽骨の形成によって、歯根が長くなっていき、歯として成長する

【参照元】
公益社団法人 日本口腔外科学会 口腔外科相談室「嚢胞」嚢胞(のうほう)|口腔外科相談室|日本口腔外科学会
Graham Thatcher「Oral Surgery: Treatment of a dentigerous cyst in a dog」(Can Vet J. 2017 Feb; 58 [2]: 195–199)
D'Astous, Jérôme「An overview of dentigerous cysts in dogs and cats」(The Canadian veterinary journal = La revue veterinaire Canadienne vol. 52,8 [2011] : 905-7)

犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)【症状】

犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)【症状】

含歯性嚢胞の症例。下顎の左側切歯(前歯)と犬歯にあたる部分の歯肉が膨れ上がっている/写真提供:©フジタ動物病院

犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)では、次のような症状が見られます。

歯肉または歯に近い口腔内に風船状のぷっくらとした波動感のある膨らみがある
通常、痛みやその他の症状は認められない

ただし、感染を起こしている、何らかの病変がある、嚢胞(のうほう)が大きくなってしまっているなどの場合は以下のような様子が見られることもあります。

痛み
患部が青みをおびて見える
顔の一部が腫れ、左右対称でない

犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)【なりやすい犬種】

犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)【なりやすい犬種】

Golden House Studio/ Shutterstock.com

犬の含歯性嚢胞はどんな犬でも発症する可能性はありますが、中でも次のような短頭種の犬では発症例が多いとの研究報告があります。

犬の含歯性嚢胞【なりやすい犬種】

【犬種】
なりやすい犬種①ボストン・テリア
なりやすい犬種②パグ
なりやすい犬種③シー・ズー
なりやすい犬種④ボクサー
などの短頭種

136頭/213本の未萌出歯(生えてこない歯のこと)を分析したこの研究では、未萌出歯(みほうしゅつし)が下顎(したあご)の第1前臼歯に多く見られること、そして歯に関連する嚢胞(のうほう)のトラブルのうち約70%が含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)であったことも併せて報告しています。

成犬の歯

【成犬の歯】
切歯=I1(第1切歯)~I3(第3切歯)
犬歯=C
前臼歯=P1(第1前臼歯)~P4(第4前臼歯)
後臼歯=M1(第1後臼歯)~M3(第3後臼歯)

【犬の歯の数】

【単位/本】【乳歯】【永久歯】
上顎下顎上顎下顎
切歯6666
犬歯2222
前臼歯6688
後臼歯0046
全体14142022

犬の歯は次のような歯式で表すこともできます。

「上顎の歯/下顎の歯=切歯3/3+犬歯1/1+前臼歯4/4+後臼歯2/3×2=42本」(成犬の場合)
*本来、乳歯は前臼歯と後臼歯の区別せず、乳臼歯とします

犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)【なりやすい犬種】

【犬の乳歯(左)と永久歯(右)の歯並び】
乳歯では後臼歯がない。

犬の含歯性嚢胞は、短頭種の下顎第1前臼歯周囲に生じることが多いですが、上顎犬歯などにも生じることがあり、鼻汁やくしゃみ、場合によっては嚢胞により鼻腔が圧迫されて呼吸しづらくなることもあります。

【参照元】
Babbitt SG, Krakowski Volker M, Luskin IR. 「Incidence of Radiographic Cystic Lesions Associated With Unerupted Teeth in Dogs」(J Vet Dent. 2016 Dec;33 [4] :226-233. doi: 10.1177/0898756416683490. PMID: 28218030)

犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)【診断・治療法は?】

診断

診断

Ody_Stocker/ Shutterstock.com

犬の口腔内の嚢胞(のうほう)の様子を視診で確認した後、基本的には以下のような検査・診断が行われます。

診断方法①【口腔内のレントゲン検査】

レントゲン検査で嚢胞の状態や、埋伏歯(まいふくし)があるかどうかを確認します。

嚢胞が感染を起こしていた場合は、嚢胞の境界線がはっきり写らないこともあります。

また、埋伏歯がある場合、その形が異常であったり、生える向きが斜めや横などにずれていたりするのも珍しいことではありません。

なお、含歯性嚢胞で注意が必要なのは、進行すると嚢胞周囲の歯や顎の骨が吸収され(溶けること)、破壊されてしまうということ。

そのため、嚢胞に隣接する歯がずれている、顎の骨の一部が薄くなっているなどの様子が確認されることもあります。

診断方法②【病理組織検査】

確定診断のために、採取した病変部の一部(特に嚢胞壁)を肉眼または顕微鏡下で観察して診断します。

病理組織検査には、針で吸引したり、へらでこすり取ったりして細胞を診る細胞診の他、手術や専用の器具によって病変部の一部を採取したもの、または手術によって摘出された病変部そのものを診る組織生検があり、それによって腫瘍なのか、腫瘍ならば良性なのか、悪性なのか、腫瘍の種類などがわかります。

治療法

治療法

iStock.com/Savany

通常、問題の歯の抜歯と嚢胞を被っている嚢胞壁(のうほうへき)の摘出を行います。

嚢胞を形成している上皮(嚢胞壁)も含めた嚢胞全体の摘出と、問題となる歯の抜歯を行うことで治癒が期待できます。

何らかの理由により抜歯ができない場合は、将来的に嚢胞が再発する可能性があるので、経過観察が必要になります。

犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)【治療薬・治療費(手術費用)は?】

犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)【治療薬・治療費(手術費用)は?】

NOV / PIXTA(ピクスタ)

嚢胞(のうほう)の摘出および抜歯の手術を受けた場合には、抗生物質や、必要に応じて抗炎症剤、鎮痛剤などが処方されるでしょう。

【犬の含歯性嚢胞に関連する治療費の目安】

【項目】【平均的料金】
レントゲン検査/単純撮影~7,500円
生検/細胞診(採取料)
 〃/細胞診(検査料)
 〃/組織診(切除あるいは生検針)
~3,000円
~1万円
~1万2,500円
麻酔/局所麻酔
 〃/全身麻酔
~5,000円
~1万5,000円
抜歯~5,000円
腫瘤切除/体表(参考値)~4万円
調剤料(内用/1回あたり)~1,000円
処方箋~2,000円

【参照元】
公益社団法人 日本獣医師会「家庭飼育動物(犬・猫)の診療料金実態調査(平成27年度)」

犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)【食事・予防対策は?】

犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)【食事・予防対策は?】

CReeam / PIXTA(ピクスタ)

含歯性嚢胞がある、またはその手術をした直後の犬には、硬い食べ物やおもちゃは避け、ふやかしたドッグフードや茹でた肉野菜など柔らかい食事を与えるといいでしょう。

犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)を予防すること自体はなかなか難しいですが、生えてくるはずの歯が足りないというのは一つのシグナルになるので、愛犬の歯の本数や生え方など基本的な知識を得ておくことは早期発見につながるのではないでしょうか。

特に、歯の生え変わりが完了する時期には、ちゃんと歯が生えているか、本数や生え方など確認したいものです。

【犬の歯が生える時期・生え変わりの時期】

【歯の種類】【乳歯】【永久歯】
月齢生後21日頃生後2か月頃生後4か月半生後6-7か月
歯の状態生え始め生え揃い完了生え始め生え揃い完了

【乳歯と永久歯が併存する期間】

【歯】【平均的な併存日数】
切歯および臼歯数日
上顎の犬歯およそ1~2週間
下顎の犬歯およそ1週間

歯の生え変わり時期には、乳歯と永久歯が併存する期間がある。

老犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)【注意点・ケア方法は?】

老犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)【注意点・ケア方法は?】

Olya_Shev/ Shutterstock.com

犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)は若犬での発症が多い傾向にありますが、実は中年期になってからも発症します。

人間でも高齢になってから気づく例があるといいます。

通常、痛みもなく、これといった症状がない病気なゆえに、気づくのが遅くなることは確かにあるのでしょう。

老犬では歯垢や歯石の付着や歯周病口腔腫瘍など、歯や口腔内のトラブルも多くなるので、日頃のお手入れの一環として、口の中のチェックも忘れませんように。

【参照元】
独立行政法人国立病院機構 栃木医療センター「歯科・歯科口腔外科・小児歯科/含歯性嚢胞」

犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)【間違いやすい病気は?】

犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)【間違いやすい病気は?】

Athiporn Phumnicom/ Shutterstock.com

犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)と区別が必要な病気には、以下のようなものがあります。

間違いやすい病気①【口腔腫瘍】

腫瘍には良性・悪性がありますが、悪性の口腔腫瘍では次の3つが犬でよく見られます。

一般的に口腔腫瘍は比較的硬く、含歯性嚢胞は軟らかく、プヨプヨしていて波動感があります。

間違いやすい病気②【メラノーマ(悪性黒色腫)】

犬の「メラノーマ(悪性黒色腫)」とは、色素(メラニン)を生成するメラノサイトという細胞が腫瘍化したもの。

皮膚にできる境界線のはっきりしたものは比較的良性であるのに対して、口腔内や肢端部にできるものは多くが悪性で、急速に大きくなり、肺やリンパ節に転移する危険性が高くなります。

間違いやすい病気③【扁平上皮がん】

犬の「扁平上皮がん」は、頭部や腹部、鼻、爪の根元、陰嚢(いんのう)、肛門などにできる他、唇や歯茎、舌の裏側、口の奥などにできることがあります。

湿潤性が高く(周りに広がること)、広範囲にわたる患部の切除が必要とされます。

間違いやすい病気④【繊維肉腫】

犬の繊維肉腫は、口腔内や四肢、背中などいろいろなところにできます。

転移率はそれほど高くない反面、湿潤率や再発率は高くなります。

間違いやすい病気⑤【好酸球性肉芽腫症候群】

犬の「好酸球性肉芽腫症候群」とは、アレルギーとの関連が考えられている皮膚病変で、好酸球(白血球の一種)が関わる皮膚病の総称です。

腹部や四肢などの他、口腔内に病変が出ることがあります。

間違いやすい病気⑥【エプーリス(エプリス/歯肉腫)】

歯周病が慢性化すると歯肉に良性の腫瘤(エプーリス/エプリス/歯肉腫)ができることがあります。

通常は一般症状が見られないことが多く、他に転移する心配はありません。

【参照元】
一般社団法人 日本臨床獣医学フォーラム「腫瘍性疾患」
公益社団法人 日本獣医師会「生涯研修のページ」
Nishiya, Adriana Tomoko et al.「Comparative Aspects of Canine Melanoma.」(Veterinary sciences vol. 3,1 7. 19 Feb. 2016, Doi:10.3390/vetsci3010007)
一般社団法人 日本臨床獣医学フォーラム「好酸球系の皮膚病 - 好酸球性肉芽腫群」

犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)【まとめ】

犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)【まとめ】

MolikaAn / PIXTA(ピクスタ)

犬の含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)は埋伏歯(まいふくし)があると必ずしも発症するというわけではありません。

しかし、症状らしきものがないために気づきにくい病気なので、放置すれば嚢胞(のうほう)の周囲の歯や顎(あご)の骨が溶けてしまうというなんとも厄介な病気です。


歯科治療のレントゲン検査で偶然に見つかるケースが少なくありません。

それだけに飼い主さんの観察眼が鍵となる病気とも言えます。

愛犬の歯肉(歯茎)が膨れたり、大きくなったりしている(過形成)、歯の数が足りないなど、何か気になるようなことがあった時には、念のために動物病院で診てもらうといいでしょう。

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